見つめ続ける・大震災10年へ 家族4人、福島・双葉へ初の帰郷 いまだ通えぬ小学校の校歌弾き 大沼勇治さん

6:31

かつて福島県双葉町の目抜き通りには「原子力明るい未来のエネルギー」と書かれた原発PRの看板が掲げられていた。この標語を小学生の時に考案した大沼勇治さん(44)。東京電力福島第1原発事故で、原発から約4キロにある同町の自宅から妊娠中だった妻せりなさん(45)と避難を余儀なくされた。「もう帰れないかも」という思いから、将来息子たちに故郷の町を見せるため写真やビデオで記録し続けた。【撮影・佐々木順一、大沼勇治さん提供】2020年10月21日公開

さらに表示
簡易表示

この動画を共有

埋め込み