ヒバクシャ なぜ生き残ったのか 負い目感じながら見つけた「使命」
1:16
あの日、13歳だった。同級生192人が亡くなる大惨事を生き延びたが、ずっと負い目を感じながら過ごしてきた。92歳の今、「当時の記憶を伝えたい」との思いで、絵を描き続けている。【撮影・井村陸】2024年5月18日公開
関連動画
「ヒバクシャ」について
-
動画を再生 ヒバクシャ:「オバマ氏は広島再訪を」坪井直さん
ヒバクシャ:「オバマ氏は広島再訪を」坪井直さん
核大国・米国のリーダーが交代した。核をめぐる状況が混沌とする中だからこそ、改めてヒバクシャの声に耳を傾けたい。広島の爆心地から約1.2キロ地点で被爆した坪井直(すなお)さん(91)。昨年5月、現職の米大統領として初めて広島を訪問したオバマ氏と手を握り、核廃絶への思いを新たにした。【撮影・山田尚弘、写真は小関勉、代表撮影】2017年1月30日公開
2:24
-
動画を再生 2020ヒバクシャ・川野浩一さん 「長崎を最後の被爆地に」被爆者運動のリーダーの思い
2020ヒバクシャ・川野浩一さん 「長崎を最後の被爆地に」被爆者運動のリーダーの思い
核兵器の保有や使用を禁止する核兵器禁止条約の批准国・地域が50に達した10月24日、その輪の中に日本はいなかった。記録報道「2020ヒバクシャ」の9回目は「長崎を最後の被爆地に」と願えばこそ、政府にも厳しい言葉を投げかける被爆者運動のリーダーに焦点を当てる。【撮影・今野悠貴、徳野仁子】2020年11月15日公開
5:59
-
動画を再生 2020ヒバクシャ 山川剛さん講話 コロナで消えた 被爆教師 初志貫く50年
2020ヒバクシャ 山川剛さん講話 コロナで消えた 被爆教師 初志貫く50年
広島、長崎に米軍が原爆を投下して今年で75年。新型コロナウイルスの感染拡大は、若い世代へあの日を語り継ぐ活動に影を落としている。節目の夏を前に被爆者は今、何を思うのか。記録報道「2020ヒバクシャ」の4回目は、長崎で平和教育をけん引してきた被爆教師の物語を伝える。【撮影・松村真友、津村豊和】2020年5月30日公開
4:50
-
動画を再生 ヒバクシャ:坪井直さん 92歳の今も被爆体験証言を続ける
ヒバクシャ:坪井直さん 92歳の今も被爆体験証言を続ける
20歳の時に爆心地から約1・2キロで被爆し、昨年5月に広島でオバマ米大統領(当時)と握手を交わした日本被団協代表委員の坪井直さん。今月5日に92歳となったいまも被爆体験証言を続け、10日にも広島市内で中学生に向けて証言を行った。【撮影・山田尚弘】2017年5月16日公開
0:51
-
動画を再生 2020ヒバクシャ 高東征二さん 執念の「黒い雨」降雨図 遺志継ぐ
2020ヒバクシャ 高東征二さん 執念の「黒い雨」降雨図 遺志継ぐ
1945年8月6日に米軍が広島に原爆を投下してから75年。あの日、放射性物質を含む「黒い雨」に遭ったものの、今も国の援護を受けられない人がいる。記録報道「2020ヒバクシャ」の3回目は、病に侵されながら、国に被爆者と認めさせるため闘い続ける元高校教諭の姿を通して、黒い雨を巡る運動の歴史をたどりたい。【撮影・山田尚弘】2020年5月2日公開
8:05
-
動画を再生 ヒバクシャ:世界を巡る船の中で、92歳の男性が伝えたかったことと心残り
ヒバクシャ:世界を巡る船の中で、92歳の男性が伝えたかったことと心残り
日本から世界を巡る船旅に出ませんか。90歳を過ぎた身に舞い込んだオファーを快諾した。船内で、特に若い人たちにどうしても伝えたいことがあったからだ。長崎市で被爆し、今は埼玉県新座市で暮らす田中熙巳(てるみ)さん(92)が乗る船は4月13日、横浜港を出港した。約3カ月かけて世界一周する「ピースボート」の船で、田中さんはこのうち南アフリカのケープタウンまで約1カ月間の船旅をする。【撮影・安藤いく子】2024年7月7日公開
4:17