ヒバクシャ なぜ生き残ったのか 負い目感じながら見つけた「使命」
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あの日、13歳だった。同級生192人が亡くなる大惨事を生き延びたが、ずっと負い目を感じながら過ごしてきた。92歳の今、「当時の記憶を伝えたい」との思いで、絵を描き続けている。【撮影・井村陸】2024年5月18日公開
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「ヒバクシャ」について
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「被爆したのはどこやったかな」。3月上旬、長崎市三ツ山町の特別養護老人ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」の診療室で、医師の朝長万左男さん(76)が、入居者の女性(91)に話しかけた。原爆が投下されたあの日、女性は16歳だった。市中心部にあった公設市場の2階にいた時のすさまじい光景を、静かに、そして事細かに語り出した。【撮影・徳野仁子、浅野翔太郎】2020年3月22日公開
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1945年8月6日に米軍が広島に原爆を投下してから75年。あの日、放射性物質を含む「黒い雨」に遭ったものの、今も国の援護を受けられない人がいる。記録報道「2020ヒバクシャ」の3回目は、病に侵されながら、国に被爆者と認めさせるため闘い続ける元高校教諭の姿を通して、黒い雨を巡る運動の歴史をたどりたい。【撮影・山田尚弘】2020年5月2日公開
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5月9日の昼過ぎ、長崎市の平和祈念像前に被爆者の川野浩一さん(84)=長崎県長与町=ら約100人が「武力で平和はつくれない」などと書かれた横断幕を広げ、座り込んだ。外国人観光客らが物珍しそうに目を向ける。長崎原爆の日(8月9日)にちなみ、毎月9日に県平和運動センターなどが呼び掛ける「反核9の日座り込み」。6月9日で500回を迎える。【撮影・吉田航太、尾形有菜】2024年5月20日公開
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核兵器廃絶への合言葉「ノーモア・ヒロシマ」は「広島の悲劇を世界のどの国にも再現させたくない」という日本人牧師の言葉から生まれ、世界に広まったと言われる。記録報道「2020ヒバクシャ」の8回目は、被爆者救済と平和運動に半生をささげたこの牧師を父に持ち、葛藤を乗り越えて国内外で核廃絶を訴え続ける娘の歩みをたどる。【撮影・山田尚弘】2020年10月17日公開
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核大国・米国のリーダーが交代した。核をめぐる状況が混沌とする中だからこそ、改めてヒバクシャの声に耳を傾けたい。広島の爆心地から約1.2キロ地点で被爆した坪井直(すなお)さん(91)。昨年5月、現職の米大統領として初めて広島を訪問したオバマ氏と手を握り、核廃絶への思いを新たにした。【撮影・山田尚弘、写真は小関勉、代表撮影】2017年1月30日公開
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