2020ヒバクシャ 山川剛さん講話 コロナで消えた 被爆教師 初志貫く50年
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広島、長崎に米軍が原爆を投下して今年で75年。新型コロナウイルスの感染拡大は、若い世代へあの日を語り継ぐ活動に影を落としている。節目の夏を前に被爆者は今、何を思うのか。記録報道「2020ヒバクシャ」の4回目は、長崎で平和教育をけん引してきた被爆教師の物語を伝える。【撮影・松村真友、津村豊和】2020年5月30日公開
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太平洋戦争の終戦直前、旧満州(中国東北部)に侵攻したソ連軍の戦車部隊の攻撃や自決で1000人以上の日本人が犠牲になった葛根廟(かっこんびょう)事件。東京都練馬区の大島満吉さん(84)はわずか百数十人の生存者のひとりだ。【撮影・後藤由耶】2020年10月23日公開
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核兵器の保有や使用を禁止する核兵器禁止条約の批准国・地域が50に達した10月24日、その輪の中に日本はいなかった。記録報道「2020ヒバクシャ」の9回目は「長崎を最後の被爆地に」と願えばこそ、政府にも厳しい言葉を投げかける被爆者運動のリーダーに焦点を当てる。【撮影・今野悠貴、徳野仁子】2020年11月15日公開
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「背中じゅうに赤いやけど。小さな糸のようなウジ虫が(背中に)湧いているんです。お薬を塗ってあげるのかなと思ったんですが、箸みたいな棒を持たすんです。それが治療なんです」。11月7日、神奈川県大和市などが主催し、市内の学習施設で開いた「戦争体験を聞く会」。相模原市の元小学校教員、堀見智子さん(88)は約70人の聴衆を前に、ウジ虫を払い落とす動作を繰り返してみせた。【撮影・渡部直樹】2021年12月9日公開
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「その時、この手は洗えないと思いました。自分の体にしっかりと残そうと思って、すり込みました」。東京都内に住む森田富美子さん(91)はそう話し、左右の手のひらをすり合わせた。75年前、長崎で被爆。父と母、弟2人の遺体を大きなトタン板に並べて火葬した。手には黒いすすと一緒に、両親と弟たちの血のりがべったりとついた。【撮影・後藤由耶】2020年9月25日公開
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「ぞろぞろ、隙間のないくらい逃げてきた。男の人か女の人かも分からない。着ているものも皮膚も垂れ下がり。ぞろぞろぞろぞろ。本当に幽霊の行列みたいだった」。75年前の8月6日。6歳だった小谷孝子さん(81=千葉県八千代市)は広島市内の自宅前で見た光景を今もはっきりと覚えている。【撮影・後藤由耶】2020年11月25日公開
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