eye:被爆者の75年
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1945年8月6日午前8時15分、米軍が広島に投下した原子爆弾は市街地の上空約600㍍で爆発し、多くの市民の命を奪った。広島市によると、これまでの原爆の関連死者数は約32万人にのぼるという。あの日からまもなく75年。戦後を生き抜いてきた被爆者は節目の年に何を思うのか。それぞれの半生と当時の記憶を紹介する。【撮影・山田尚弘】2020年7月25日公開
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